そこにすべてがあった バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学/カイ・T・エリクソン
new
{{detailCtrl.mainImageIndex + 1}}/7

そこにすべてがあった バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学/カイ・T・エリクソン

¥2,640 税込

送料についてはこちら

そこにすべてがあった バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学 Everything in Its Path:Destruction of Community in the Buffalo Creek Flood カイ・T・エリクソン=著 宮前良平・大門大朗・高原耕平=訳 圧倒的悲劇を目にし、すべてを喪い、コミュニティさえも崩れ去ったとき、人びとの心に何が起きるのか。 半世紀の時を超えて響く、被災者たちの声。 「集合的トラウマ」に輪郭を与えたアメリカ社会学の古典、若き災害研究者による待望の邦訳。 1972年2月26日、大雨で鉱山ゴミのダムが決壊し、アメリカ・ウエストヴァージニア州の炭鉱町バッファロー・クリークは、黒い水にのみこまれた。死者125人、住民の8割が家を失った未曾有の人災は、コミュニティの崩壊をもたらし、生存者たちの心に深いトラウマを残しました。 本書は、被災者への膨大なインタビューと綿密なフィールドワークで、被災地における「集合的トラウマ」の輪郭を描き出した古典として、約50年もの間、読み継がれています。 訳者は、大阪大学大学院で災害学を学んだ、当時20代の研究者たち。被災地で活動する中で、非当事者としてのかかわりに悩んでいたとき本書に出会い、被災者の空白を丁寧に読むことで聴ける声があると気づきます。 東日本大震災から10 年。50 年前のアメリカの災害被災者の記録が、コロナ禍の現代を生きる私たちに訴えかけるものとは。 ------- 「経験していない私たちには、あの日の恐怖を真に理解することはできない。しかし少なくとも、なぜ災害があのような苦しみを引き起こすのか、生き延びた人の心になぜあれほどまで深い傷を負わせるのか、察することはできる」——本書の翻訳は私たちにとって、当事者と非当事者のあわいから言葉を生み出していく作業でもありました。 傷を聴くというのは、その傷を我がことのように思いなすのではなく、非当事者にはわかり得ない領域があることを踏まえた上で、それでもなお、なんとか理解しようともがき続ける人がいるということを示す行為なのかもしれません。本書は、集合的トラウマの輪郭を描き出した以上に、バッファロー・クリークでもがき続けたカイ・エリクソンの姿を留めているという点で優れた書であるのです。 ——宮前良平(訳者、大阪大学大学院人間大学助教) ------- [目次] 序章 1 第1章 1972年2月26日 2 第2章 アパラチアについての覚書/第3章 山のエートス/第4章 炭鉱施設の到来/第5章 バッファロー・クリーク 3 第6章 傷あとを探る/第7章 個別的トラウマ:衝撃状態/第8章 集合的トラウマ:つながりを失うということ 終章 第二版に寄せて 空白と傷:訳者解題のためのノート 宮前良平 原注/索引 [プロフィール] 著者 カイ・T・エリクソン Kai T. Erikson アメリカの社会学者。1931年生。マーシャル諸島での核実験やスリーマイル島原子力発電所事故、エクソンヴァルディーズ号原油流出事故など、人的災害研究の第一人者として知られる。著書に『あぶれピューリタン 逸脱の社会学』(村上直之・岩田強訳、現代人文社)。 訳者 宮前 良平 みやまえ・りょうへい 1991年生。大阪大学大学院人間科学研究科助教ほか。専門は災害心理学、グループ・ダイナミックス。著書に『復興のための記憶論—野田村被災写真返却お茶会のエスノグラフィー』(大阪大学出版会)。 大門 大朗 だいもん・ひろあき 1991年生。京都大学防災研究所特別研究員、デラウェア大学災害研究センター客員研究員ほか。専門はグループ・ダイナミックス。 高原 耕平 たかはら・こうへい 1983年生。人と防災未来センター主任研究員。専門は臨床哲学。兵庫県下の「震災学習」および減災システム社会の技術論を研究。 四六判/上製/384頁 978-4-909179-07-4 C0011 装幀・川名潤 装画・竹田嘉文